壁の薄いワンルームマンションの602号室。そこで一人暮らしをする田中沙織さんの耳に、ゴボゴボ、という不吉な水音が届いたのは、平日の夜10時を過ぎた頃だった。安芸太田町で漏水した排水口を交換して水道修理には仕事の疲れを引きずったまま、ぼんやりとトイレのレバーを引いた直後のことだ。いつもなら静かに渦を巻いて消えるはずの水が、逆に水位を上げ、便器の縁へとじりじりと迫ってくる。血の気が引くとは、まさにこのことだった。しかし、彼女の恐怖を増幅させたのは、目の前の光景だけではなかった。脳裏をよぎったのは、真下に住む502号室の、物静かな老夫婦の顔だった。もし、この水が溢れて、下の階まで漏れてしまったら…。個人のトラブルは、その瞬間、共同生活を脅かす大問題へと変貌を遂げようとしていた。沙織さんはパニックになりながらも、スマートフォンのライトで壁際の止水栓を探し出し、力の限り閉め込んだ。ひとまずこれ以上の水の供給は止まったが、便器にはなみなみと汚水が溜まったままだ。彼女はクローゼットの奥から、引っ越しの際に母親に持たされたラバーカップを引っ張り出してきた。西東京市専門チームがお風呂の配管つまりを除去すると、何度押し引きしても、水位は微動だにしない。むしろ、自分の焦りが汚水を跳ねさせ、床に小さな染みを作ってしまう。その染みを見つめながら、彼女の想像力は最悪のシナリオを描き始めた。天井から滴る汚水、シミだらけになった下の階の天井、そして謝罪に訪れる自分。損害賠償、ご近所トラブル…。恐怖は連鎖し、彼女の思考を完全に麻痺させた。自分で何とかするのは不可能だ。そう悟った沙織さんは、最後の望みを託して、冷蔵庫に貼ってある管理会社の緊急連絡先に電話をかけた。震える声で状況を説明すると、電話口の担当者は落ち着いた声で「わかりました、すぐに提携業者を手配します。床に水が漏れていないかだけ、もう一度確認してください」と指示をくれた。その冷静な一言に、沙織さんは少しだけ我を取り戻した。30分後、やってきた業者は手際よく状況を確認し、高圧ポンプと呼ばれる専用の機材を準備し始めた。そして、強力な圧力で配管内の詰まりを一気に押し流すと、ゴオオッという轟音と共に、溜まっていた水が嘘のように引いていった。原因は、彼女がここ数ヶ月、便利さから愛用していた「トイレに流せるタイプの猫砂」だった。製品には「一度に大量に流さないでください」と注意書きがあったが、その「少量」の基準が曖昧で、日々の使用で少しずつ排水管の共有部分に蓄積してしまっていたのだ。業者の話では、集合住宅の排水管は構造が複雑で、個人の専有部分を抜けた後の共有管で詰まりが発生することも少なくないという。「今回は共有管の手前で止まったから良かったですが、これがもう少し先だったら、他の部屋にも影響が出ていたかもしれません。集合住宅では、『流せる』と書かれていても、基本的にトイレットペーパー以外のものは流さない、というのが鉄則ですよ」。その言葉は、沙織さんの胸に重く突き刺さった。この一件で沙織さんが学んだのは、単なるトイレの詰まり解消法ではなかった。集合住宅で暮らすということは、目に見えない配管で、他の住民と繋がっているということ。自分の部屋での小さな行動が、隣人の生活を脅かす可能性があるということだ。そして、トラブルが発生した時に最も重要なのは、自分一人で抱え込まず、速やかに管理会社や専門家に報告・相談すること。その判断の速さが、自分自身と、そして「見えない隣人」をも守ることに繋がるのだ。あの日、彼女を恐怖のどん底に突き落とした溜まり水は、共同生活における責任の重さを、静かに教えてくれていたのかもしれない。
その水は、どこへ続くのか