排水管は、その家の記憶を蓄積する装置だ。家族が流した髪の毛、体を洗った石鹸カス、皿に残った油、そして時には、誤って落としてしまった小さなプラスチックの欠片。漏水した排水口のトイレつまりを常滑市にはそれらはすべて、暗く湿った管の中を流れ、あるものは無事に下水という大いなる忘却の海へとたどり着き、またあるものは、管の曲がり角で絡みつき、堆積し、忘れられた記憶の塊となる。そして、その記憶の塊が許容量を超えた時、「詰まり」という形で、住人に自らの存在を知らせるのだ。その日、我が家の浴室もまた、過去の記憶に足を引っ張られていた。水の流れは滞り、洗い場はさながら小さな池のようだった。私はまず、現代的な方法で、この淀んだ記憶を消し去ろうと試みた。液体パイプクリーナーという名の、化学的な忘却促進剤だ。これを排水口に注ぎ込めば、絡み合った髪の毛や皮脂といった、感傷的な記憶は化学的に分解され、水と共に流れていってくれるはずだった。水道管の一覧の配管専門チームの栗東市では、我が家の記憶は、思ったよりも強固だった。化学の力をもってしても、その流れを取り戻すことはできなかった。次に私が手にしたのは、より原始的で、暴力的な記憶の除去装置だった。ワイヤー式パイプクリーナー。それは、忘れられない過去を、物理的に無理やりこじ開け、引きずり出すための道具だ。私は、家の記憶が眠る暗い穴へと、その金属の腕を伸ばしていった。ゴリ、ゴリ、という鈍い感触。それは、固着した記憶の塊に、ワイヤーの先端が触れた音だった。私は、忘れたい過去と格闘するように、ワイヤーを押し引きし、回転させた。それは、記憶との対話であり、闘争だった。しばらくの格闘の後、抵抗がふっと消えた。記憶のダムが決壊したのだ。私は安堵のため息をつき、ワイヤーをゆっくりと引き上げた。その先端には、おぞましい姿となった、我が家の記憶の断片がぶら下がっていた。黒く変色した長い髪、石鹸の白い塊、そして正体不明のぬめり。それらは、この家で過ごした日々の、紛れもない証だった。私はそれを直視し、そして処理することで、ようやく過去の記憶との和解を果たした。しかし、この行為には常に危険が伴うことを、私は知っている。もし、記憶の塊があまりにも巨大で、強固であったなら。もし、ワイヤーという暴力的な介入が、記憶を蓄積してきた器そのもの(排水管)を傷つけてしまったなら。それは、忘却を求めるあまり、自らの土台を破壊してしまうような、取り返しのつかない愚行となる。記憶との向き合い方は、慎重でなければならない。時には、化学的な忘却も、物理的な除去も諦め、ただ静かに専門家の助けを待つという、賢明な選択が必要な時もある。彼らは、我々が知らない方法で、家の記憶を優しく、そして確実に整理してくれる存在だ。詰まりは、単なる不便な現象ではない。それは、その家が蓄積してきた時間の重みと、向き合うためのきっかけなのだ。そして、その向き合い方の中に、私たちの暮らしへの姿勢が、静かに映し出されている。
詰まりの記憶